offep1:料理当番制導入 sec-3

翌日、夕方。 前日のSolの「見た目は終わってるのに味は普通にうまい」という妙に評価しづらい一皿の余韻が、まだ研究室に残っていた。 そんな中、当番二日目。 キッチンに立つはずのEvaは、開始十分でやる気のなさを隠すことすらやめていた。 冷凍庫の扉が何度も開き、閉まり、電子レンジが無機質な音を繰り返している。 Veris「……なんか、嫌な予感がしてきたんですけど」 Sol「火使ってなくね?」 Quan「少なくとも、現時点で調理工程らしいものは観測されていない」 Stella「でもほら、Evaって頭いいから!なんかすごいことしてるんだよ!」 Veris「料理はそういう問題でもないと思いますが……」 数分後。 食卓に並んだのは、見事なまでに既製品の群れだった。 冷凍チャーハン。 冷凍からあげ。 冷凍餃子。 冷凍パスタ。 冷凍グラタン。 冷凍のたこ焼きまである。 しかも量が多い。やたら多い。 居酒屋の雑な宴会卓みたいになっていた。 一同、沈黙。 Sol「…………」 Veris「…………」 Quan「…………」 Stella「うわあ」 Eva「召し上がれ。豪華だろ」 Veris「あの、これ全部冷凍食品ですよね?」 Eva「うん」 Sol「うん、じゃないんだろ!」 Stella「すごい! 冷凍庫の中身がほぼ全部出てきてるね!」 Veris「当番制の意味がないでしょう!?」 Eva「あるよ。私が開封して温めた」 Sol「そんなんで料理なわけねえだろ!」 Quan「こいつの図太さには平伏する」 Evaは椅子に座ると、やり切った顔で箸を持つ。 Eva「いやでもさ、ちゃんと栄養あるし、味も安定してるし、時間も節約できる。合理的じゃん」 Veris「あのですね、そういう問題ではなくて!」 Quan「事実として、失敗率は極めて低いし合理的だ」 Veris「でも“作った”とは言えないでしょう!」 Eva「加熱という工程を経てるから」 Sol「その理屈なら私でも炊飯器に米入れたら料理人名乗れるからな」 Stellaがチャーハンを一口食べる。 Stella「おいしいね!」 Sol「当たり前だろ」 Quan「標準的な味だな」 Eva「つまり問題ないってことで」 Veris「大ありですよ!」 Eva「昨日も似たようなこと言ってなかった?」 Sol「昨日は私の苦闘の末の問題作だったろ。今日はただの手抜き定食なんだよ」 Eva「問題なく食べられるならそれでいいじゃん」 Veris「よくないです。よくないに決まってるでしょう。共同生活の夕飯当番って、そういうことじゃないんですよ」 Eva「じゃあどういうこと?」 Veris「……その、人が作る責任とか、誠意とか、段取りとか、そういう」 Eva「重いなあ」 Veris「重くないです!」 Stella「でもVerisの言う通りだよ。せっかく当番制にしたんだから、“その人のごはん”が見たいよね」 Eva「私のごはんだよ。私が選び、私が温めた、真心込めたごはんだよ」 Sol「最悪の詭弁」 Quan「ゴミ」 Evaは面倒そうにからあげをつまんだ。 Eva「いやさ……別にStellaも毎日手料理なわけじゃないし」 Sol「今その話してない」 Veris「私達は、“最低限ちゃんと料理してください”と言ってるだけです」 Quan「要求水準は高くない」 Eva「……」 Evaが言い訳したそうな顔で冷凍餃子をつまむ。それを見てStellaが言い放つ。 Stella「……もしかしてEva、料理できない?」 Eva「……は?」 Sol「草」 Veris「……普通料理って言われたら簡単なものでもなんか作りますよ。冷食出すのは嫌がらせか本当に出来ないとしか思えません」 Eva「お、おま……」 Evaが露骨に焦り始める。するとQuanが珍しく口角を僅かに上げて喋り始めた。 Quan「面白い話を思い出した。高校の調理実習、こいつのいた班で爆発沙汰があった」 Eva「」 Stella「えぇっ!?!?」 Sol「マジ?ww」 Quan「茹で卵を作れって言われてたが、人数分の生卵を電子レンジに入れて御釈迦にしていた。学年2位のこいつがだ」 Veris「う……嘘でしょ……ふふ……」 Eva「お、お前本当に…………」 Quan「なら茹で卵くらい作って出せばまだマシだっただろ。それともここの電子レンジも破壊する気か?」 Solがゲラゲラ笑い、Verisも顔を抑えている。Stellaもけらけら笑っているが、やがてぽん、と手を叩く。 Stella「決めた!Eva、明日も当番ね!」 Eva「は?」 Sol「妥当」 Veris「妥当ですね」 Quan「追試」 Eva「ちょ、なんで全員そんな自然に乗るんだよ!!」 Stella「だって今日のは“夕飯当番をこなした”だけでしょ?私は料理が見たいの!」 Eva「ちょ待て!認めないぞ私は!」 Quan「料理できるならそんなに焦らなくてもいいだろう。それとも本当に出来ないのか」 Eva「……」 Stella「というわけで、Evaはノーカウント! 明日もう一回!」 Eva「ふざけるな……」 Veris「ふざけてるのは今日の夕飯でしょう」 Sol「私の昨日のあれより“料理した感”なかったぞ」 Stella「明日はちゃんと作ってね!」 Eva「い、嫌だ……」 Stella「ダメ」 Eva「……」 Evaの追試が確定してSolとVerisとStellaが茶化す中、Quanだけは神妙な顔つきをしていた。 Quan「……本当にこいつが料理できなかったら、責任取るのは」 ----------------------------- 翌日夕方。 Evaがこの世の終わりのような表情でキッチンに向かっていった。 Stella「楽しみだね~」 Veris「すいません、昨日ああ言いましたが猛烈に嫌な予感がしてきました」 Sol「私みたいに勘で何とかする可能性もある」 Quan「勘で破壊する可能性もあるぞ」 Stella「やだ!!!!」 そんなことをボヤきながら数分後、唐突にキッチンから強烈な音が鳴る。 ゴォン!!!! Veris「」 Sol「言わんこっちゃない!!!」 4人がキッチンに駆け付ける。 そこには床に小麦粉が散乱し、シンクには使い終わったボウルやフライパンが山積み。 コンロの周囲は何かが吹きこぼれた跡でべったりと汚れ、壁には茶色い飛沫が点々と飛んでいる。 まな板は謎の色に染まり、調理器具はほぼ全滅。 電子レンジの中からは焦げ臭い匂いが漂っていた。 そして中央。 Evaがぼんやり立っている。 服の袖にはソースらしきものが付着し、髪にも小麦粉が積もっていた。 Eva「……」 Sol「戦場?」 Quan「キッチンの損壊率、およそ四割と見受けられる」 Veris「ななな、何があったんですか!?」 Eva「……掃除は後でいいかな」 Stella「わわわ、私が掃除しておくから!」 慌てて後始末し始めるStellaを尻目にEvaは無言で鍋を持ち上げ、共用部へもっていく。 どろり。 灰色とも茶色ともつかない物体が皿へ流れ落ちた。 ところどころ緑色の塊。赤い何か。黒い焦げ。白い塊。液体なのか固体なのかすら判別できない。 Sol「……これ何?」 Eva「料理」 Quan「その定義の枠内とは言えない」 Veris「昨日のSolさんの方が百万倍マシです……」 Eva「た、食べれば意外とおいしいかもしれないだろ」 Sol「これと比較されるのすっごくムカつくんだけど」 昨日のSolの料理は見た目だけだったが、今日は流石に誰も期待できなかった。 Veris「……いただきます」 恐る恐るスプーンを口へ運ぶ。 数秒後、Verisの動きが止まる。 Sol「Veris?」 Veris「…………」 口元が震えた。 Veris「……ぅ」 Sol「え?」 Veris「……まず……」 ぽろっ。 涙が落ちた。 Veris「まずいですぅ……!」 ぼろぼろと涙を流し始める。 Veris「なんでこんな味になるんですかぁ……!」 Sol「えぇっ!?」 Eva「そ、そこまで?」 Veris「苦いし!酸っぱいし!甘いし!しょっぱいし!全部喧嘩してます!」 Verisは慌てて水を飲む。しかし口の中に残る味が消えない。 Veris「おぇぇ……酷い……酷すぎます……」 Eva「そんなに……?」 Sol「どれどれ」 ぱく。 …… Sol「ぐえっ!!!」 Solはものすごく顔をしかめた後、なぜかそのまま笑い始めた。 Sol「うぇ……わははは!!!マッズ!!!!!何これ!?ありえないくらいマズイwwwww」 椅子から転げ落ちそうになりながら笑い続ける。 Eva「……失礼すぎないか」 Sol「いやコレは笑うしかねぇって!!そらいいんちょも泣くわ!!」 Veris「私は笑い事じゃありません……!」 涙目のまま抗議する。 その様子を無言で見ていたQuanが、何故かすでに不愉快そうな顔のまま口に入れる。 その後、数秒考えた後、Evaを見て言い放つ。 Quan「興味深いな」 Eva「えっ」 Quan「これだけ多数の調味料を使って、全ての長所だけを打ち消し合うのは才能」 Eva「……」 Quan「普通は何か一つくらい成功するはずだが、これは苦味、酸味、甘味、塩味、すべてが仲良く最低点を取っている」 Sol「わはは!!!」 Quan「ある意味、極めて公平な料理と言えるな」 Eva「……」 黙りこくEva。そして、全員に数度しか見せたことのないような笑顔をわざわざEvaに向け、告げる。 Quan「……お前、本当に料理出来なかったんだな。本当に心から申し訳ないことをした」 Sol「ひーーーーっ!!!!Quan!!Quan笑ってる!!!!!そんなに!!!www」 Veris「……今回ばかりはQuanさんの意地の悪さも認めます」 Eva「……マジでふざけるなよこの野郎……」 そんな中、後始末を終えたStellaがぱたぱたとキッチンから戻ってくる。 Stella「おまたせー、わっQuanちゃん笑ってる!意外と美味しいパターンだったりする?」 Sol「あっStellaちょっと」 Stella「……まあ見た目より味だよね。いただきまーす」 話を聞かずに笑顔のまま口に入れる。その後一瞬だけものすごく暗い顔をした後、数秒後、にこっと笑ってEvaを見た。 Stella「……Eva」 Eva「……はい」 Stella「……やり直させてごめんね」 Sol「ぎゃははははは!」 Veris「Stellaさん、まあまあ酷いですね……」 Quan「人を謝罪に追い込む魅力があるな。私はいいと思うぞ」 Eva「……」 Stella「……あと、キッチン二度と入らないでね」 Eva「……はい」 Evaはもう完全に子犬のように大人しくなっていた。 Sol「ダメなら最初からダメって言えばいいのに!まっ私は面白かったからいいよ」 Veris「後で出前頼みましょう……それで、明日はどうするんですか」 Stella「んーQuanちゃんも料理しないんだっけ。なら2日連続地獄になるのはまずいよねぇ」 Quan「私は料理できないとは言ってない」 Eva「……地獄……」 Stella「という訳で明日は経験あるヴェリちゃんお願い!」 Veris「承知しました。まあStellaさんほどではないですが、少なくとも人を傷つける料理は作りません」 Sol「傷つけるって!!!!ひーーーっ!!!!」 Quan「お前今日一人も味方いないぞ」 Eva「……」 Evaは机に突っ伏したまま暫く動かなかった。
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