offep1:料理当番制導入 sec-2
翌日夕方。
研究室の共用スペースには、妙な匂いが漂っていた。
焦げたような、甘いような、スパイスのような、でも最後に何かが全部台無しにしているような、説明不能の匂いだった。
キッチンの前でSolがやたら満足げに振り返る。
Sol「できたぞー。記念すべき当番制初日の夕飯だぜ」
Stella「わーい! なにこれ!」
Eva「第一声で“何これ”が出る時点で終わってるだろ……」
Veris「……ちょっと待ってください、本当にこれ、夕飯なんですか?」
Quan「少なくとも物体の形は維持している」
テーブルの中央に置かれた皿は、料理というより事故現場に近かった。
どろりとした濃い色のソースに、妙に原形を留めた野菜や、何かを巻いて何かを刺したらしい塊がいくつも沈んでいる。
上から粉が散っていたが、それが香辛料なのかチーズなのか、あるいはまったく別の何かなのか、誰にも判断できなかった。
Stella「すごいね! 茶色と緑と紫が戦争してるみたい!」
Sol「それ誉め言葉?」
Eva「一切褒めてないだろ」
Veris「紫って何ですか!? 夕飯に自然発生する色じゃないでしょう!」
Sol「いや、ちょっと赤キャベツをこう……炒めて、煮て、あとなんか入れたらこうなった」
Quan「“なんか”の時点で再現性が死んでいるな」
Sol「料理はライブ感だからな」
Eva「客が途中で帰るタイプのだろ」
Stellaは興味津々で皿を覗き込む。
Stella「これなんて料理?」
Sol「えー、……創作料理?」
Veris「分からないのものを人に食わせようとしないでください!」
Sol「いやでもちゃんと考えたんだって。肉も野菜も入ってるし、ボリュームもあるし、彩りも意識したし」
Eva「ゲームのやりすぎで彩りの感覚が麻痺してんじゃねえのか」
Veris「……本当に食べられるんですよね?」
Sol「なんでそんな疑うんだよ。毒は入ってないって」
Quan「間接的に私達を暗殺しようとしているのか」
Stella「まあまあ、見た目はちょっと、うん、ちょっとすごいけど。食べてみないとわかんないし!」
Eva「“ちょっと”で処理するには厳しいビジュアルなんだが……」
Sol「食えばわかる、ほら食え!」
Solが自信満々に取り分け始める。
皿に盛られたそれは、近くで見るとさらに迫力が増した。ソースの照りが妙に生々しく、ところどころから想定外の色がのぞく。
Veris「……実は私、今日たまたま食欲が無くて」
Eva「おい委員長逃げるなよ、お前が負担軽減とか言いだしたからこうなったんだろ」
Veris「こ、こうなると思わないじゃないですか!」
Quan「至極真っ当な反論だな」
Stella「じゃ、いただきまーす!」
誰より先にStellaがスプーンを入れ、一口食べる。
口に入れた後、三秒ほど硬直する。
Veris「……」
Eva「嫌な間だな」
Sol「どう!?」
Stella「……あれ? え、なにこれ。見た目から想像してたより全然ちゃんとしてる」
Veris「えぇ!?」
Sol「ほらな!?」
Quanが無言で一口食べる。
Quan「……」
Veris「ちょ、ちょっと、何か言ってくださいよ」
Quan「普通に食える」
一同が揃ってQuanを見る。
Eva「お前がその評価するの珍しいな」
Quan「事実を述べただけだ。味のバランスは悪くない。塩分も過剰ではない。火入れも問題ない」
Sol「ほら見ろ!理屈屋もこう言ってんぞ!」
Veris「ほ、本当ですか……?」
おそるおそるVerisが口に運ぶ。
Veris「…………え」
Eva「……どうなん」
Veris「いや……見た目があまりにもあれだったので警戒してましたけど、普通に……というか、思ったよりかなり……おいしいです」
Sol「“かなり”いただきましたー!わはは!!」
Evaも神妙な顔つきでスプーンを持ち、一口だけ食べるつもりで口に入れる。
Eva「……は?」
Stella「でしょ?」
Eva「なんでちゃんとしてるんだよ……」
Sol「なんでってひどくない!?」
Eva「いや、だって見た目が終わってるから……。味まで終わってる覚悟してたのに、普通にコクあるし、変な甘さも嫌な感じじゃないし」
Quan「調味の着地点だけ妙に正確」
Veris「じゃあ本当に、見た目だけなんですね……」
Stella「中身はいい子なんだね、この料理」
Eva「言い方な」
Solは胸を張る。
Sol「いやあいやあ、わかる人にはわかるんだよなぁ~お前らが浅いだけだよ」
Quan「見た目の改善努力を放棄しているだけだろ」
Veris「というか本当に、どうしてこんなことになったんですか? 味がまともなら、なおさら見た目だけここまで壊れる理由がわからないんですけど」
Sol「最初は普通の煮込みっぽかったんだよ。でも途中でちょっと刺激が足りないなと思って、赤キャベツ入れて、あと彩りにハーブと、なんかソースも混ぜて、ついでに余ってたチーズを乗せて焼いて、でも水分飛びすぎたからまた足して」
Eva「工程が迷走しすぎだろ」
Stella「でも最終的においしいからセーフ!ってことだね」
Sol「そゆこと!」
Eva「待て待て待て。最初の私たちの葬式みたいなムードを忘れたのか」
Veris「本当にそうです。食卓に出てきた瞬間の精神的ダメージが大きすぎます」
Sol「そんなに!?」
Veris「そんなにですよ!」
Quan「評価項目を分けるべきだな」
Stella「お、採点タイム?」
Quan「味は75点。見た目は0点」
Sol「なんで!!でも味はお前にしては高いな……」
Veris「そこが逆に悔しいんですよね……。もっとこう、わかりやすく失敗してくれてた方が批判しやすかったというか……」
Eva「わかる。妙にうまいせいで文句が全部見た目に集中してしまう」
Sol「お前ら絶対最初からバカにする気だっただろ!」
Stella「つまり、次回は見た目を整えれば最強ってことだね!」
Quan「Solには不可能だな」
Sol「ムキーーー!!!!」
Stellaは楽しそうに皿をつつきながら笑う。
Stella「いやあ、でもいいスタートじゃない? 大事故ではないし、ちゃんと食べられるし」
Quan「ハードルが低い」
Eva「まあ、初手で全員腹壊すよりはマシか……」
Stella「よし、じゃあ当番制続行決定だね!」
Sol「次誰?」
Stella「ふふふ。明日はね」
四人が見る。
Stellaはにっこり笑って、指を一本立てた。
Stella「Evaです!」
Eva「最悪だ……」