ep1:"再会" sec-2

ぼやけた天井が視界に移る。 ……白い。 Evaはゆっくり瞬きを繰り返すが、何が起きたのかまだ理解できない。 頭が重い。視界も揺れる。 身体を起こそうとした瞬間、鈍い頭痛が頭を駆け巡る。 「っ……」 立ち上がれない。 嫌というほど酒を飲んだんだった、それは覚えている。その先がひどく曖昧だった。 寝転がりながら視線を巡らせる。 見慣れない工具の並ぶ棚。壁一面の術式。機材が詰まってそうな段ボールが大量。 「……研究室?」 彼女には全く縁のない空間だった。 「どこ……」 立ち上がろうとするが、まだ鈍痛に勝てずソファに沈み込むのを繰り返し続けていた。 そんな中。 奥側のスペースから扉が勢いよく開く。 髪をタオルで拭きながら出てきた人物は、朦朧としている彼女を見て一瞬固まった。 そして。 Stella「Eva!!」 タオルを放り投げる勢いで駆け寄ってくる。 Evaは目を丸くした。 Eva「……は?」 Stella「起きた!? 大丈夫!?」 Eva「……Stella?」 Stella「そうだよ!」 Eva「な、なんで……?」 Stella「それはこっちの台詞だよ!!」 研究室中に響くくらいの声だった。 Evaはまだ半分夢の中みたいな顔をしている。 Eva「いや……なんでいるの……?」 Stella「私の研究室だからだよ!!」 Eva「……え?」 Stella「え?じゃないよ!!」 Stellaは頭を抱えた。 Stella「昨日、雪の中に埋まって寝てたの誰!?」 Eva「……」 Stella「誰、です、か!?」 Eva「……私です?」 Stella「なんで疑問形なの!!」 Eva「……はい?」 Stella「もう!!!」 Evaは目をぱちぱちさせ、やがて脳が少しずつ回り始めた。 最後に見たものといえば……雪。酒。夜道。寒さ。酒。酒。酒。酒。酒。酒。 そしてようやく思考回路を取り戻しつつあった。 Eva「……あ」 Stella「思い出した?」 Eva「……」 記憶が蘇ってくる。 毎日張り付いていた病院で、院長室に呼び出されたかと思えば、1枚の封筒を渡される。 『君には今日付で職を離れてもらう』 その言葉を聞いた時点で、何かが切れてしまったのかもしれない。 使い込んだ名札をロッカーに無造作に放り込み、何も考えずに病院を飛び出した帰り。 流れるように適当なバーに行きついて、これまでため込んでいたものを焼き尽くすかのように、酒を飲み始めて…… その後は。 ……ほとんど覚えていない。 Evaは顔を覆う。 Eva「……あぁ……」 Stella「Eva?」 Eva「そうか……」 小さく笑う。 乾いた笑いだった。 Eva「私は……医者じゃなくなって」 Stella「えぇ!!??」 Stellaは目を見開くが、Evaが続ける。 Eva「そのまま……酒を飲んで……」 もう酔いは覚め切っている。 Eva「……雪で寝てたのか」 Stella「寝てたのか、じゃないよ!!」 Eva「……」 Stella「死ぬよ!?」 Eva「まあそうか」 Stella「『まあそうか』じゃない!」 Stellaは思わずEvaの肩を掴んだ。Evaはいとも簡単にソファに崩れ落ちた。 Stella「私が見つけなかったらどうしてたの!」 Evaは情けない体勢のまま返事をしない。 ただ俯いたまま、苦笑する。 Eva「……悪い」 Stella「はぁぁ……」 しばらく沈黙が落ちる。 時計だけが静かに秒を刻んでいた。 Evaはソファの背にもたれ、大きく息を吐く。 Eva「人生で一番情けない再会だな」 Stella「ほんとだよ!」 Eva「二年ぶりに会った友達がさ、雪に埋もれて酔いつぶれていたって……」 Stella「……」 Eva「……こんな再会があるかよ」 自嘲気味に笑う。その笑いには皮肉しか入っていなかった。 Stellaも最初は呆れていた。 それでも、ずっと孤独だった彼女にとってこの最悪すぎる再会は、十分心温まる物であった。 --- 研究室に静かな時間が流れる。暖房の音だけが小さく響いていた。 Evaはソファにもたれたまま、改めて部屋をゆっくり見回す。 棚いっぱいに並んだ資料。壁に貼られたよくわからない術式。どこからか回収してきたような魔道具。無造作に積まれた論文。 どれも、誰かが毎日ここで積み重ねてきたことを物語っていた。 Eva「……」 Stella「どうしたの?」 Eva「いや」 少しだけ口元を緩める。 Eva「本当に研究室、やってたんだ」 Stellaはきょとんとして、それからふっと笑った。 Stella「そんな言い方ある!?」 Eva「あー……卒業する時にさ、お前は母親の研究室を引き継ぐとは聞いてたけど……正直、想像つかなかった」 Stella「失礼だなぁ!」 Eva「いやさ、昔のお前ならあわあわしてるだけで1週間くらい経っていたもん。私がいなくなったら永遠にあわあわしてるのかと」 Stella「ひどい!!でも、否定できないかも……」 Stellaは照れくさそうに頭を掻いてから、部屋を見渡しながら少し懐かしそうに笑った。 Stella「でもね、私Evaと友達になってから、ずっと頑張り続けてた事知ってるもん」 Eva「……」 Stella「私は飛び級なんてできなかったし、お医者さんにもなれないし、頭の回転も全然敵わない。だからせめて、自分にできることくらいはちゃんとやろうって思ったんだよ。ママが遺してくれた研究室を、絶対形にしようって」 Evaは少し目を見開いた。あの彼女が2年も一人で頑張り続けていたことが、失礼ながら意外に思えてしまった。 やがてStellaが少し笑う。 昔のような、肩の力の抜けた笑い方だった。 Stella「まあ…上手くいかないことも多いけどねぇ」 Eva「……例えばあれとかか?」 机の上の無造作に散った試験管に目が行く。 Stella「あはは……これ、三回くらい爆発したかな」 Eva「何してんだよ」 Stella「小さいやつだから大丈夫だよ!」 Eva「そういう問題ではないだろ」 Stella「あと機材の使い方がぜんぜんわかんなかったり、お母さんが遺した論文もまったくわかんない!生活の事も一人だから全部自分でやらなきゃいけないし……全然上手く行ってないや」 そう言いながらも、不思議と暗い顔ではない。 愚痴というより、「そういうもの」として受け入れているような口調だった。 Stella「それでも、結構楽しいよ」 Evaはその言葉に少しだけ目を細める。 大学で出会った頃なら、こんな顔では言えなかっただろう。 人の顔色ばかり窺って、「私なんか」と作り笑いをしていたStellaはもういない。 目の前にいるのは、失敗しても転んでも、自分で立ち上がって研究を続ける、一人の研究者だった。 Eva「……そう」 その返事は短かった。 けれど、どこか安心したような響きが混じっていた。 Stella「なにその反応!?」 Eva「いや別に」 Evaは部屋をもう一度見渡す。 正直よくわからないものばかりが散乱しており、整理されているとは言い難い。 それでも、不思議と居心地は悪くない。あちこちにStellaらしさが残っている。 Eva「なんというか…お前の家って感じになってんだな」 Stellaは少し照れたように笑った。 Stella「えへへ……そうだったら嬉しいな」 Eva「……」 その笑顔を見ていると、二年前に別れた日のことを思い出す。 『私、ちゃんとやるよ。』 そう言っていた。 あの約束を、本当に守ったのだ。Evaは小さく息を吐いた。 Eva「ちゃんとやってたんだね」 Stella「……うん」 短い返事だった。 その一言には、この二年間の孤独も、失敗も、積み重ねも、全部詰まっていた。
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