ep1:"再会" sec-1
冬の初め、やや肌寒い夜。
机の上には分解途中のよくわからない魔法道具、書きかけのメモ、冷めたままのコーヒー。
立ち上げたばかりの研究室はまだ新しい匂いを保っていた。広さはあるのに、人の気配は薄い。
そんな中、一人の少女がぼんやりとした顔で端末を見ていた。
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Stella 11日前 既読
生きてる?
Eva 2時間前
死んでる
Stella 30分前
そっかぁ...
Stella 3分前
私は頑張って生きてるよ
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Stella「……ほんと、相変わらずだなぁ」
口ではそう言うが、彼女はその短い文面をずっと見つめていた。
親友だった二人が大学を卒業してから2年。
Evaは念願叶えて医者に、Stellaは親の遺志を継いで学内で研究室を持つことになり、お互いの人生を歩み始めていた。
優秀な彼女からの連絡は年に数回。
忘れた頃にだけ来る連絡。
生存報告みたいな、業務連絡みたいな、ひどくそっけない文章。
もうずっと顔を見ていないのに、それだけでまだどこか繋がっている気がしてしまうのが尚更寂しくなる。
やがてソファから立ち上がり、棚の中を見て牛乳もパンも切れていることを確認する。
Stella「……買い出し行こ」
誰に言うでもなく呟いて、コートを羽織り外に出る。
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玄関を開けた瞬間、冷気が頬を刺した。
まだ11月にも関わらず、外は雪が舞っていた。
強くはないが、絶え間なく降っており街灯の下だけ白さが少し濃く見える。
両手をポケットに突っ込んで歩くと足元で雪がきゅっ、きゅっと鳴る。
その音だけが、妙に大きく感じてしまう。
Stella「……静かだなぁ」
二年前は、こんな夜でも話していた相手がいた気がする。
どうでもいい冗談に適当な雑談。唐突なダメ出し。
面倒で、少しうるさくて、でもあの頃は確かに賑やかだった。
Stella「楽しかったな……」
言ってから、自分で少し笑ってしまった。
Stella「いやいや!私も頑張らないとねぇ」
雪は答えなかった。
ひとしきり買い物を済ませたあと、レジ袋を片手に帰り道を曲がる。
研究室まではもう少しの距離。
Stella「……帰ったら研究の続きしなきゃ」
そう呟いて俯いたままゆっくりと足を進める。
その時だった。
道の脇、公園のフェンス沿いに、やたら不自然に盛り上がった雪の塊が見えた。
Stella「……ん?」
最初は、子供が昼間に作ったものが崩れたのかと思った。
けれど近づくほど違和感が増す。
形が妙に長く、盛り上がり方が雑。
しかも、片側だけうっすら黒いものがはみ出している。
Stella「……?」
Stellaは足を止める。
でも見ないわけにもいかない。
そろそろと近づいて、雪の端を少し払うと、黒いコートが姿を現した。
Stella「……え」
さらにしゃがみ込み、もう少し雪をどける。
やがて白の下から、見慣れた色の髪がのぞいた。
Stella「……は?」
信じられなくて、更に雪を払う。すると、今度ははっきりと人間が出てきた。
閉じた目に青白い顔。
雪まみれの睫毛。
そして、どう見ても見間違えようのない、その顔は。
Stella「……Eva?」
返事はなかった。
Stella「え、ちょ、ちょっと待って」
思わず買い物袋を落とし、慌てて肩を揺する。
Stella「Evaだよね!?ねぇ、起きて。ねえ、ちょっと!!」
揺さぶると嫌というほどアルコールの匂いが漂ってきた。
Stella「…酒!?うそ!?」
Evaは在学中、慇懃な学徒であった。彼女が一度たりとも酒を手にしていたことは見た事が無い。
その生真面目品行方正な女が、今まさに目の前で泥酔して路上の雪と同化している。
Stella「Evaでしょ!?ねぇ起きてよ!!なにしてんの!!ちょっと!!」
雪の塊の中で、Evaはほんの少しだけ眉を寄せた気がした。
けれど、意図的なのか無意識なのか頑なに起きない。
Stellaは完全に動転している。頭がついてこない。
二年ぶりの再会が、雪の夜に泥酔して雪に埋まって寝ているなんて、彼女からしたらありえなかった。
Stella「何やってんの!? なんで!? いや生きてる!? 生きてるよね!?ちょっと起きてよ!!」
Eva「……あ……?」
Stella「生きてた!」
安堵した次の瞬間、別の感情が一気に押し寄せる。
Stella「いや生きてたじゃないって!!」
雪の中で、Evaは目も開けぬまま嫌そうな顔をするだけだった。
声をかけている人物が誰かも認識できないまま、本当に、心の底から迷惑そうにしている。
そんな彼女にStellaは容赦しない。
Stella「なんでそんなとこで寝てんの!? っていうかなんでここにいるの!?」
Eva「……うるさい……」
Stella「うるさいのはそっちだよ!!」
明らかにうるさいのはStellaなのに、Evaは指摘することすらできないくらい酩酊している。
雪はしんしんと降り続け、街灯の下でStellaだけがはた迷惑な悲鳴みたいな声を上げていた。
しばらくEvaを揺さぶり続けた後、Stellaは少し落ち着きを取り戻しつつしかし次の瞬間にはコートの袖をまくっていた。
Stella「……もう、意味分かんない。ほんと意味分かんないんだけど!」
そう言いながら、声は少しだけ震えていた。
単に怒りや驚きの感情だけじゃない。
二年分の何かが一気に押し寄せてきていたからである。
ようやくEvaを掘り起こしたStellaは、雪まみれのEvaを見下ろして深く息を吸った。
Stella「はぁ……とりあえず、連れて帰るから。文句は起きてから言って」
Eva「……うざ……」
Stella「返事になってない!」
それでもStellaは、泣きたいのか笑いたいのか分からない顔で、Evaの腕を肩に回した。
雪の夜は静かで、冷たくて、どうしようもなくめちゃくちゃだった。
そしてたぶん、少しだけ昔みたいだった。ただ、この日はおっちょこちょいのStellaとしっかり者のEvaの立場が初めて真逆になった瞬間だった。