offep3:Quanの義足 sec-5
翌日。
新しい義足を装着して一晩経ったQuanは、すっかり普段通りに戻っていた。
Quan「……Stella、そこの資料を取ってくれ」
Stella「これ?」
Quan「違う、その隣だ。昨日から何度言えば分かるんだ」
Stella「えっ、ご、ごめんね」
Quan「研究室の物品配置くらい把握しろ。毎回私が指示しないと何もできないのか」
Stella「…………」
少し離れたところでVerisが固まっている。
Veris「……」
昨日までのQuanならこんな言い方はしなかった。少なくとも、Stellaが何かをしてくれれば素直に礼を言っていたし、多少気に入らないことがあっても以前ほど露骨に刺々しくはならなかった。
それが今ではこの有様だ。むしろ、以前より酷いかもしれない。
Veris「Quanさん……」
Quan「何だ」
Veris「……昨日までのはどうしたんですか」
Quan「昨日は身体的制約があった。現在はない。それだけだ」
Veris「……そうですか」
Stella「なんかちょっと寂しいなぁ。昨日のQuanちゃん、すっごく素直だったのに!」
Quan「私は昨日の私を特に評価していない」
Stella「えぇ~……」
Quan「それに、そもそもお前たちが過剰に世話を焼いていただけだ。効率が悪い」
Veris「……」
Verisはしばらく黙っていたがやがてため息をついた。
Veris「やっぱり、元に戻るとこうなるんですね……」
Quan「何か問題か」
Veris「はぁ……いえ、もういいです」
その様子をソファから眺めていたEvaが、呆れたように口を開いた。
Eva「なんで昨日より悪化してんだよ」
Quan「悪化していない」
Eva「いや、明らかに言葉の棘が増えてるだろ。昨日までちょっとだけ人間らしかったのに、今日は朝から他人を切り刻んでるぞ」
Quan「お前が余計なことをしなければ済む話だった」
Eva「根に持ってんなぁw」
Quan「当然だと言っている。そもそもお前は――」
Quanの説教が始まった。
義足が壊れていた数日間に蓄積された不満まで一緒に吐き出しているのか、Evaの態度、Solの笑い方、Stellaの過剰な世話焼き、研究室の管理体制、果ては義足の注文手続きに至るまで、延々と文句を並べ始めた。
Quan「そもそも今回の件は、管理体制そのものに問題がある。義足の点検周期も明確に設定されていなかったし、異常発生時の代替手段も事前に準備されていなかった。お前たちは何か起きてから対処することしか考えていないから――」
Eva「なげぇ」
Quan「まだ終わっていない。お前は人の話を最後まで聞くという最低限の社会性すら持ち合わせてないのか。そういうところから昨日のような心の捩じ曲がったような発想に至るのだろう。心底不愉快で腹立たしい」
Eva「はいはい」
Quan「その『はいはい』という態度にも問題がある。私の話を端から聞く気が無いのが全身から出ている、不快、不愉快、悪辣」
Sol「今日のQuan、めっちゃ元気じゃんw」
Quan「……Sol、お前も特に不愉快だった。いつも騒音で私の気を害しているのはそうだが、この期間中は特に煩かった。さっさとその下品な笑い声を即座に矯正してくれ」
Sol「今度は私!?」
Veris「……」
Stella「……」
二人は顔を見合わせ、昨日までの少しだけ素直だったQuanを恋しそうにしている。
Stella「……昨日の方がよかったね」
Veris「……はい」
Quan「聞こえている。お前らもいつまでも可愛いだの何だの囃し立てるのをやめろ。私を何だと思っている、ガキの託児所じゃ……」
その瞬間だった。
カチッ。
Quan「……?」
右足から、小さな異音がした次の瞬間。
ガコンッ!!
Quan「……っ!?」
義足が、突然外れた。
Quan「な……」
身体を支えていた右脚が一瞬で消失し、Quanの身体が大きく傾く。
Quan「……っ、待――」
ドンッ!!!
Quan「っ……!!」
床に盛大に叩きつけられる。
しかも今回は、前回とは違った。
倒れた瞬間に身体を捻ったせいで、脇腹を机の角に思い切りぶつけていた。
Quan「――――っ!!」
Quanが声を押し殺すように身体を丸めている。
Stella「Quanちゃん!?」
Veris「ちょ、ちょっと!?」
Sol「うわっ!Quan大丈夫!?」
Eva「…………」
数秒の沈黙の後、Quanは床にうずくまったまま脇腹を押さえている。
Quan「……痛い……痛い……」
Veris「大丈夫ですか!?」
Quan「……っ、大丈夫じゃない……」
Stella「ど、どこ痛いの!? 立てる!?」
Quan「むり……今……」
Veris「ぎ、義足は大丈夫なんですか!?」
Evaがすぐに義足を拾い上げる。
Eva「……壊れてないな」
Veris「じゃあ何で外れたんですか?」
Eva「取り付けが甘かったのかも?固定が一箇所ちゃんと噛んでなかったっぽい」
Quan「……は?」
Eva「まあ、装着してまだ一日目だしな。こういうこともある」
Quan「…………」
Sol「……ぷっ」
Eva「……ふっw」
やがてSolが腹を抱えて笑い始める。
Sol「あはははははは!!! 昨日あんなに偉そうにしてたのに!! 今日また転んでるじゃん!!!ww」
Eva「ふ、ふふっww お前、義足戻ったその日にまた転ぶのかよwwしかも今回は壊れてないのになww」
Quan「…………お、まえら……」
Veris「……」
Stella「……」
半泣きになりながらバカ2名を睨むQuanをVerisとStellaは見下ろす。
昨日までならここで真っ先に駆け寄っていたし、今回も心配なのは同じだ。
だが。
Veris「……Quanさん」
Quan「……何だ」
Veris「その……申し訳ありませんけど……」
Verisが目を逸らす。
Veris「……今回はちょっと擁護できません」
Quan「……は?」
Stella「う、うん……」
Stellaも困ったように笑う。
Stella「新しい義足、届いたばっかりなのにね……」
Eva「しかも直前まで散々偉そうに説教してたからな」
Sol「『私はもう元通りだ』みたいな顔www」
Eva「元通りどころか、装着ミスで転倒してるだけじゃねえかよw」
Sol「わははははは!!ww」
Quan「……」
Quanは床に倒れたまま、ゆっくりと顔を上げる。
EvaとSolにはバカにされ、Verisは呆れているし、Stellaも心配そうではあるものの、今回は何とも言えない顔をしている。
そして。
Quan「…………」
しばらく全員を睨みつけたあと、まだ痛む右足を抑えながら情けない声で呟いた。
Quan「……殺す」
Sol「はははははは!!!」
Eva「元気そうで何よりだ」
Veris「……本当に、もう……」
Stella「とりあえず、また付け直そうね……」
床に転がったQuanの尊厳は、義足と一緒にもう一度外れていた。