ep2:"寒空の少女" sec-2

ようやく研究室の玄関へ駆け込み、扉を勢いよく閉める。 Eva「ベッド!空き部屋あるだろ!」 Stella「う、うん!」 二人は急いで廊下を進み、無骨な空き部屋のベッドへ少女を寝かせることには成功した。 Evaはすぐ毛布を何枚も重ね、暖房の温度を上げる。 濡れた髪から水滴が落ちる。 Stellaは慌てながらも、Evaの指示をひたすら聞く。 数分後。新たな年が始まろうとしている中、二人はもはやそんなことすら考えられない。 最低限の措置だけ済ませ、二人はようやく息をつく。 だが少女は変わらず眠ったまま。死んでいると言われても仕方ないくらい儚く、細い身体は微動だにしない。 Stella「……助かるよね」 Evaは答えない。脈はあるが、それだけだった。 Stella「Eva……」 Evaは少女から目を離さないまま。 医者として何百人、何千人と診てきた経験が告げている。 助かる可能性はあるが、保証ではない。 この状態は、ほんの少し判断が遅れるだけで命が零れ落ちる境界線だ。 Evaは静かに立ち上がる。さっきまで年越しそばだの鍋だのと言っていた人物とは、まるで別人だった。 Eva「Stella」 Stella「……」 Eva「……救急セット全部持ってこい。やるしかない」 Stella「…分かった!」 Stellaは走って部屋を飛び出し、一人残ったEvaは、眠る少女を見下ろす。 彼女にとって大きな節目となった年が終わろうとしてる中、彼女の意識は細く、弱く、いつ消えてもおかしくない命の鼓動にしか向いていなかった。 ------------------------------------ Evaは少女の脈を確認したまま、小さく告げる。 Eva「……Stella」 Stella「…うん」 Eva「今から応急処置を始める。助かるかは、分からない」 Stellaは静かに頷く。さっきまで鍋を囲んでいた空気は、もうどこにも残っていなかった。 Evaは静かに湿り切った服を慎重に取り除き、傷口を露出させる。 全身に走る裂傷、打撲、擦過傷。凍傷のようなものも見られる。 血は既に固まり始めていたが、その量からして相当な出血をしていたことは明らかだった。 Eva「消毒」 Stella「はい」 Eva「ガーゼ」 Stella「これ?」 必要な物を告げるたび、Stellaが即座に手渡す。 一つ終えれば、次。お互い考える前に身体が動いていた。 時計の針だけが静かに進んでいく。 ------------------------------------ 午前二時過ぎ。 ようやくEvaは手を止め、深く息を吐きながら椅子へ腰を下ろす。 Stella「…終わった……?」 Eva「…応急処置としてはな」 Stella「…助かる?」 Evaは少女を見つめる。 呼吸は先ほどより安定しており、脈も少しだけ力を取り戻している。 Eva「このまま急変しなければ、一命は取り留めるはず」 Stellaの肩から一気に力が抜ける。 Stella「よかったぁ…………」 Eva「まだ安心はできん。…正月は返上だな」 Stella「どうでもいいよそんなの!」 皮肉も出せるくらいには先程の緊迫感は途切れていたが、少女は眠ったままである。 呼びかけても反応はなく、瞼一つ動かない。 Stella「…起きるかな」 Eva「分からん」 Evaは椅子にもたれ、改めて少女を眺める。 綺麗な銀髪。 年齢は私達と同じくらいと推察できる。 身体つきは細く、栄養状態も決して良いとは言えない。 着ていた服も安物で、所々自分で補修した跡がある。 荷物は何一つ持っていない。身分証も財布も出てこない。 Eva「…家出か?いや、家出なら荷物くらい持つだろう」 少女の細い手を見ると、古い傷跡がいくつも残っていた。 新しい傷ではない。長い時間をかけて刻まれたもの。 Eva「……孤児か」 Stellaは目を見開く。 Stella「そんなの……」 Eva「……あるいは、それに近い環境。あくまでも推察だから、起きなきゃ何も分からん」 暖房の音だけが響く中、謎の少女は眠り続けていた。 その時。 ♪♪♪ 携帯電話が鳴る。 Eva「……」 画面を見る。 見覚えのある番号だった。 Eva「……最悪」 Stella「だ、誰?」 Eva「……前診た患者だったような」 嫌そうな顔のまま通話へ出る。 Eva「……はい」 受話口の向こうから慌ただしい声が聞こえる。Evaの表情が徐々に険しくなる。 Eva「はぁ?」 間髪入れず。 Eva「はぁぁ!?」 研究室中へ響くくらいの声だった。Stellaがびくりと肩を震わせる。 Eva「正月だぞ!?なんで今呼ぶ!!」 電話の向こうで何か説明している。Evaの表情がだんだん怒りから諦めに変わっていく。 Eva「本当にふざけるなよ……」 長いため息の後。 Eva「……1時間後くらいに」 通話が切れる。 部屋が静まり返る。 Stella「どうしたの!?」 Evaは携帯をポケットへ押し込みながら立ち上がった。 Eva「……この前手術した患者からだ。術後経過が少し悪いらしく、今すぐ来てくれと呼び出された」 Stella「えぇ!?」 Eva「……本当にふざけてんのか」 即答だった。 Eva「元日早々呼び出すなって話だし、しかもこの状況だぞ?本当に舐めてる」 いつもの3倍くらい悪態をつきながらも、コートを掴み、本当に嫌そうに医療バッグを手に取る。 Stella「……今ちょっとだけ、Evaに医者続けさせたこと後悔させてる」 Eva「今更遅いわ」 心底嫌そうな声だった。 準備を終え、玄関へ向かう中、Evaはふと立ち止まり、数秒考えてから面倒そうにStellaに告げる。 Eva「……もし私がいない間にこの子が起きたら」 Stellaは少女を見る。 Eva「余計なことは話すな」 Stella「え?」 Eva「私が助けたとか、どこで拾ったとか、何があったとか」 Eva「全部だ」 Stella「な、なんで?」 Eva「これ以上面倒毎を起こしたくない」 Stella「それについてはごもっともだけど……」 Eva「……適当に『気付いたらここにいた』くらいで誤魔化しとけ」 Stella「雑すぎない?それ」 Eva「……様子がおかしくなったら電話しろ。急変する確率は低いが」 Stella「…分かった」 Evaは一度だけ少女へ視線を向けた後、玄関の扉を開ける。吹雪は少しだけ弱まっていた。 Eva「じゃ、行ってくるから」 扉が閉まり、足音が雪の中へ消えていく。 研究室には再び静寂だけが残った。 ベッドでは少女が変わらず眠り続け、その傍らでStellaは不安そうに椅子へ腰掛ける。 時計の針は、静かに元日の深夜を刻み続けていた。
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